フジツボの幼生
ヒトデに続いてフジツボの子どもです。
これは卵から出た後の最初の段階、ノープリウス nauplius 幼生です。
ホウキのような肢を、櫂を漕ぐように動かしてすすみます。
その昔、フジツボ類は貝の仲間に入れられていたこともあったそうですが、この姿を見ればエビやカニに近いことがよくわかります。体長約1㎜。
これがノープリウスの次の段階、キプリス幼生です。体長約1.2㎜。
左側に突き出している6対の肢(胸肢)でかなりすばやく泳ぎます。
この肢が、成体になった時に殻の間から出し入れして、餌となるプランクトンを集める「蔓脚」になるのですが、フジツボやカメノテの類の総称である「蔓脚類」という名称はこれによります。 右側にのぞいているのが1対の第一触角で、腕で前方をさぐるように盛んに出し入れしているのが見られます。
この第一触角で他物の上を歩き回り、成体になって腰を据える場所を探します。そして適当な場所が見つかると、強力な接着剤を分泌して付着し、脱皮してフジツボの幼体となるそうです。
フジツボ類が貝ではなくエビやカニと同じ甲殻類であることが判明したのは1830年、このキプリス幼生がフジツボに変態するところが観察されたのが決めてだったということです。
採集してきたプランクトンをシャーレに入れて実体顕微鏡で覗いていると、この幼生が第一触角で底のガラス面を歩き回っている姿をよく見かけます。
なかにはすでに付着しているのもいて、そんなときはスポイトで吸い上げようとしてもその水流に逆らってなかなかガラス面から離れません。一度そのまま放置して実際に小さなフジツボに変身する場面を見たいものです。
長くなりましたが、このようなものにはあまり馴染みのない方が多いだろうと考えて、あえて少し詳しく書いてみました。
ここで紹介した知識のほとんどの仕入先は次の本です。とても面白いので、関心のある方にはお勧めです。
倉谷うらら著 「フジツボ 魅惑の足まねき」(岩波科学ライブラリー 159)
2月18日追記:採集場所と日付を入れ忘れていました。次のとおりです。
(2010年2月上旬・神戸市垂水区 西舞子海岸)
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コメント
魅力的な写真ですね、良いですね~!
続けて見ていると、引き込まれてしまいそうです。
でも、こんなのに嵌ってしまったら、虫から鳥が増えただけでも大変なのに、
凄いことになってしまいそうです(^^;。
さて、次は何が登場するのかな?。
投稿: そら | 2010年2月16日 (火) 12時55分
そらさん、ありがとうございます。
近くに海があれば、ペットショップで150円ほどで売っている熱帯魚用の網で簡単に採れますから、是非一度覗いてみてください。
10倍か15倍のルーペで結構観察できます。
いろんなものがいて、楽しいですよ。
投稿: おちゃたてむし | 2010年2月16日 (火) 16時31分
その昔、小学生の時に顕微鏡を買ってもらって、プランクトンを見た
記憶があります。
話変わって、ブラウザがFireFoxのときは気が付かなかったのですが、
MS-IEでみたら、写真が枠からはみ出していますね。
写真をアップロードするときの設定を、以下のように設定すれば問題
ないと思います。
なお、写真をクリックすれば、元の大きさで表示されます。
一度、確認されてみてみては如何ですか?
●ページに表示する画像サイズ
◎サイズを指定する
多分横500~550ドット位が良いのでは?
●元画像を縮小する
◎縮小しない
●画像をクリックしたときの動作
◎同一ウインドウで拡大画像を表示 同一ウインドウ
拡大画像のみの表示に切り換わります
■次回以降もこの設定を使う
投稿: そら | 2010年2月16日 (火) 22時00分
ご丁寧にありがとうございます。
そのようなやり方があることは一応知ってはいたのですが、面倒くさい気がして横着をしていました。
やはりこれでは見づらいでしょうね。次回から早速、教えていただいた方法を試してみます。
投稿: おちゃたてむし | 2010年2月16日 (火) 23時30分
初めまして。フジツボに興味があって勉強している者です。
拝見したフジツボ幼生の写真は既にご存知のことかもしれませんが、ミネフジツボのように思われます。
ピンク色の触角と長い棘毛、キプリス中央のオレンジ色の斑点がミネフジツボの特徴です。
ミネフジツボは寒流系のフジツボで、陸奥湾などではポピュラーですが、
東北以南では希です。しかし広島県で採れたという情報もあり、瀬戸内海で幼生が採取されたということであれば生息範囲に関する重要な情報です。
明石近辺で採取されたのではないかと思われますが、もしもお差し支えなければ
採取日時、場所、採取方法などをご教示頂けると幸いです。
ところで、参考として揚げられていた本の著者、うららさんがNHKの熱中時間で紹介されています。
今週末から来週にかけてまだ4回ほど総合とBSなどで再放送されるようです。もしご覧になっていないようなら是非どうぞ。
投稿: 庵野 蘊 | 2010年2月18日 (木) 18時42分
庵野 蘊さん ご教示ありがとうございます。
フジツボを専門に研究しておられる方の目にとまったとは、正直冷や汗ものです。
記事の内容からもお察しのことと思いますが私は全くの素人で、フジツボの種名もかいもく分かりませんが、この写真が少しでも研究のお役に立てば大変光栄です。
さて、お問い合わせの件ですが、コメントをいただくまで記事に場所と日付を入れ忘れていたことに気がつきませんでした。
追記として入れましたが、少し詳しく書くと、
採集日時:2010年2月9日 午前9時から10時頃
採集場所:神戸市垂水区西舞子の海岸
採集方法:漁港の岸壁から小型のプランクトンネットを曳いて採集
水深は、水面からせいぜい1mくらいまで。
こんなところでよろしいでしょうか。
ちなみにこの時は、(同種かどうか分かりませんが)キプリスは非常に数が多く、ノープリウスはあまり多くはいませんでした。
うららさんの「熱中時間」はまだ見ていませんので、再放送は逃さないようにします。
投稿: おちゃたてむし | 2010年2月18日 (木) 22時06分
庵野 蘊(あんの うん = unknown)です。ふざけたネット名で済みません。
早速のご教示ありがとうございました。大変参考になります。私もかつての昆虫少年のなれの果てですが、写真も大変鮮明ですし、おちゃたてむしさんのきちんと基本事項をおさえて自然を探求、紹介する姿勢に感服です。
さて、ミネフジツボ以外のキプリスはせいぜい0.5mm程度の大きさですので、大きさが同じならみなミネフジツボだったと思います。おちゃたてむしさんが撮影されたノープリウスは中央の単眼(ノープリウス眼)の他に左右に複眼が出現していますのでノープリウスⅥ期の後半、キプリスへ変態する直前です。キプリスまで成長するのにミネでは孵化後約1ヶ月とされていますが、どこから流れてきたのでしょう。ミネフジツボは日本海では対馬海峡が南限で、関門海峡を経て瀬戸内海にも入るとされています。明石海峡付近の岸壁で多数のキプリスが観察されたというのもはるばる対馬由来だったか、もっと近くに繁殖地があるということなのか、興味が尽きません。ミネフジツボは水温が15℃を越すと成長が鈍り、20℃以上では生存できないそうです。瀬戸内海由来なら、そのどこか水深の深いところで夏の暑さを凌いでいるのでしょうね。きっとこの時期には瀬戸内海、大阪湾付近でも変態を完了したミネフジツボの幼体が多数いるのでしょうが、夏の訪れと共にみな死に絶えてしまっているということなのでしょう。
ところで、キプリスを容器に入れて数日置いておくと、変態して稚フジツボになるのが観察できます。もともと変態専門のステージで口器がありませんから、餌の心配をする必要もありません。頭部にたくさん見える油球をエネルギー源にしています。もしまだ採れるようなら一度試してみられては。うららさんも言うとおり、かわいいですよ。
投稿: 庵野 蘊 | 2010年2月20日 (土) 10時32分
庵野 蘊さん、このたびは大変勉強になりました。
普段全く気の向くまま、何の脈絡もなく眺めたり撮影したりしているプランクトンも、このように種名や生態の一端でも知る機会があれば、俄然興味が増してきます。
それにつけても、プランクトンに関して一般の素人が気軽に参照できるような文献がほとんど見当たらないのが残念です。多分web上では私にも利用できるような情報源も少なくないのでしょうが、ネットはまだ始めたばかりなので、今後の楽しみといったところです。
ところでこのフジツボの幼生ですが、古い写真を探してみると同じミネフジツボのキプリスと思われるものがいくつか出てきました。写真で見た限りでは、ご指摘の斑紋と大きさの特徴は一致します。2001年、2002年、2008年の3回、すべて1月から3月の間で、採集場所も同じです。探せば他の年にも撮影しているも知れませんが、整理が行き届かないもので今のところこれだけです。ご参考までに。
キプリスの変態は、是非見たいと思います。ブログに載せるような写真が撮れたらいいのですが。
うららさんの「熱中時間」、今朝のBSで見ました。ちょっと意表を突かれました。
投稿: おちゃたてむし | 2010年2月20日 (土) 21時44分
おちゃたてむしさん、今日は。
過去の記録がさっと出てくるとはさすがです。ただ者ではありませんね(笑)。
定点観測の過去データが参照できるというのは大変、大変、重要です。たまたま運良くその時に遭遇したのではなく、(ほぼ)毎年のようにこの時期の垂水でミネフジツボのキプリス幼生が採取できるということがおちゃたてむしさんの記録から判るのですから。
ところで、「熱中時間」のうららさん。私も自然科学系で長らく飯を食ってきましたが、こういう楽しみ方もあったのかと、本当にあの本を読んで感心しました。女性ならではの視点もあるのでしょうね。
投稿: 庵野 蘊(あんの うん) | 2010年2月22日 (月) 19時03分