珪藻美術館~ちいさな・ちいさな・ガラスの世界~
遅ればせながら、話題の本の紹介を。「珪藻美術館~ちいさな・ちいさな・ガラスの世界~」です。
実はしばらく前には買っていて、これは是非当ブログでもご紹介しなければ、と思いつつ、その種の文章は大の苦手なものでついつい後回しになっていました。
プランクトンや顕微鏡の趣味をお持ちの方にはあらためて紹介するまでもありませんが、著者の奥修さんは珪藻標本の製作・販売をしているミクロワールドサービスの代表で、研究・教育用の標本製作とともに各種の珪藻を様々なデザインで美しく配置した「珪藻アート」を作っておられる方です。本書ではその、顕微鏡でしか見ることのできない珪藻アートの世界を多くの美しい図版で十分に堪能することが出来ます。これは愛好者でなくとも必見です。
本書の構成は大きく三つに分けられて、まず最初に珪藻についての基礎的な知識、次にその珪藻をアート作品に仕上げるまでの呆然とするほど緻密な製作過程、そして最後にその作品を著者自ら撮影された多数の美しい写真と続きます。
言うまでもなく本書の目玉はこれらの驚異的な作品の数々ですが、それとともに全体に大変よく配慮の行き届いた構成で、読み物としてとても魅力的な本に仕上がっています。
本書は福音館書店の「たくさんのふしぎ」という、子供向きの月刊雑誌の中の1冊として刊行されています。そのため文章は読みやすく、漢字にはすべてルビがふってありますが、その内容は本格的なもので、同種の読み物にありがちな安直な単純化や当世風の曖昧な言い回しがどこにも見あたりません。当然あまり日常的ではない言葉や表現も多少は出てきますが、それでいて難しい話を聞いている気が少しもしないのは、対象を知りつくした著者がいかにそれを伝えるかを考え抜き、ひとつひとつの言葉をよく吟味しながら書き進めたものであるためと推察されます。話の進め方も巧妙で、「私は、ガラスを集め、ならべて、一つの作品をつくるという仕事をしています。」というふうに始まる本文はわくわくするような期待感に溢れていて、大人でも子供でも一気に読んでしまえるでしょう。これらのことすべてが本書が充分な手間と時間をかけて練り上げられたものであるということとともに、著者がその作品の製作と同様の手抜きを許さない真剣さで取り組んだものであることを示しています。
一般に子供に読ませる本は親が選んで買い与える場合が多いようです。この本を手にとったお母さん方(や、お父さん方)は、年少の子には少し難しいと感じられるかもしれません。しかし子供の成長は早く、買った本は何度でも読めるので、美しい図版に興味を掻き立てられれば本文が理解できるようになるまで時間はかかりません。子供に読まれる本にはいかに手っ取り早く受け入られるかということよりも、その子供が本当に興味を持った時に失望させないものであることの方がより重要なのです。本書はそれだけの内容を持っていて、それは同時に大人が読んでも十分に楽しめるということを意味します。
著者は珪藻プレパラート製作の第一人者であるとともに、光学顕微鏡観察・撮影技術のエキスパートでもあります。そのノウハウの一端は長年続けられているブログ「本日の画像」にたびたび紹介されていて、これは私も含め多くの顕微鏡愛好者にとって観察のヒントの宝庫でもあり、教科書ともなっています。まだご存知でない方は是非ご覧ください。
この「珪藻美術館」はとても好評とのことで、すでに在庫も少なくなっているようです。先述のように月刊雑誌なので、出版社の在庫が無くなれば再版はされないので是非お早めにお求めください。
またこのシリーズでは時々、バックナンバーの中から特に人気のあった作品を選び、ハードカバーの単行本として刊行されています。いずれこの作品がその「傑作集」の一冊としてお目見えすることを期待しましょう。
最後に、これで770円は安すぎます。
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